大堀敏靖
また一人、小路雄馬の部屋をノックするものがあった。雄馬は特にす
ることはないのであるから、来客はだれでも歓迎する。新聞の勧誘員を
さえ、部屋の中に招き入れ、世間話をするうちに、勧誘員はいつしか身
の上話を始め、雄馬の煎れるコーヒーに二・三時間も話し込んで、「大
変ですな。お宅も」の一言に、人生の光明を得た気持ちになって、本来
の目的も忘れて、お礼まで言って帰っていくことがあった。
「はい、何方さんですか」
「僕です。草苅です」
それは先日、銭湯で知り合った学生だった。如何にも暗い顔をしてい
つまでも脱衣場の椅子に座って呆然としているので、堪り兼ねて雄馬が
声を掛けた。
「彼女が二人いて、どちらにするかわからなくて、迫られて困っている
んです」
「ほう」
「二人とも気の強い女で、結婚しろと言って毎日電話、メールで責めら
れます」
「まったくうらやましい境涯ですな」
「どうしたらいいのですか」
「まぁ、二兎追う者は一兎をも得ずって言いますな…、お宅も大変です
な」
それだけ言っただけだったが、学生草苅は雄馬の部屋までやってきて
延々と語った。それが一週間前のことだ。
「先生」
いつの間にか、「先生」になっている。
「私は先生などではありませんゾ」
「いえ、そう呼ばして下さい。なんか先生は懐かしい気がするんです。
この殺伐とした大都会で、あなたのような人がいるとは思いませんでし
た」
「東京のような都会だからこそ私のようなフラフラしたいいかげんな人
間は沢山いるのですがなぁ」
「まぁカフェでも」と言って、雄馬は湯を沸かし、豆をガリガリと削っ
た。お湯を注ぐと異様に膨れて極上の香りを放つブラジル産の豆を使っ
ている。これが、多くの悩める人間にとって、砂漠の中のオアシス、地
獄に仏を見るような気持ちにさせるらしい。
「自分はこのコーヒーのためなら命賭けてもいいスよ」
そう言った若いサラリーマンもいた。多くの者が褒めるので、豆をさ
らに専門店で厳選し、水も田舎のある神社に湧く天然水を使うことにし
た。
「ますますパワー・アップしてますね。先生のカフェ。これはもう有料
で飲ましてもいいくらいですよ」
「すでに有料と言ってもいいでしょう。いろいろ頂き物をしてますか
ら。いや、別に君に請求している訳ではありませんゾ」
「わかりました。先生のためならなんでもお持ちしますよ。僕の郷里で
はレンコンを作っているのですが、今度、特上のレンコンを持ってきま
す」
「で、君、二人の彼女はどうしました。うまく収まりましたか」
「いえ。二人ともますますエスカレートしてヒート・アップしていま
す」
「実情は話しましたか」
「話せません。そんなこと話したら殺されます。サチコとクミはもはや
僕なんかどうだっていいんです。自分のプライドが保たれるかどうかし
かないんです。あと僕の東大という学歴、それから多分、体でしょう
ね」
「カラダ？」
「そうです。僕の体はこんな痩せ細ってますが、自分で言うのも何です
が、女性にとっては母性本能のツボを突く、どうしても自分のものにし
ないではいられない変な魔力があるらしいんです」
「ほう」
「女性ばかりではありません。男性にもどうもフェロモンを放つようで
銭湯でも何回も髪の長いオカマに誘われて、逃げていたんですが、ある
日とうとうつかまって路地裏でキッスされました。入れ墨の入ったおじ
さんにご飯をおごってもらって部屋まで連れていかれ、人に言えないよ
うなことをされました。サウナで寝ていたら大事なところをいじられて
飛び起きたこともありました」
「それはもう羨ましいを通り越して気の毒ですナ、全く」
「そうです。女難に加えて、男難ですからね。全くそういうことに縁の
ない人が羨ましいです。ところで、先生は男に趣味はないですよね」
「ないッ。そんなものあるはずがない。もう女にも興味は失いつつある
んですゾ」
「ああ、よかった。安心しました」
と、そこで草苅青年はコーヒー・カップを手にして一口飲んだ。
「先生の部屋には本がありませんね」
「本など不要ですナ」
「先生くらいになると余計な知識はもう要らないんでしょうね」
「ここに来る人が、いろいろ教えてくれますから世の中のことは大抵わ
かりますナ。大体人間が世の中のことを全てわかるはずはないんです
ゾ。わかろうとするのが傲慢というものなんです。物事多少間違ったり
勘違いしていても信じていればそれで生きていけるものですナ」
「成程」
「情報、情報と言ってますが、情報をいくら重ねてもクソの蓋にもなり
ませんゾ」
「しかし、先生やっぱり情報化の世の中では早く多くの情報を持ったも
のが勝ちでしょう」
「勝つ？ 一体何に勝つのですか」
「競争に勝つんです」
「誰が？」
「強いものが勝つんでしょう」
「勝ってどうなります」
「人の上に立って、イニシアチブを握り、お金もたくさん得ますね」
「金をたくさん得た者が勝つ、ですか。金を得て如何にします」
「立派な家を建てて、きれいな奥さんを持ち、リッチに暮らします。セ
レブって奴ですかね」
雄馬は高笑いをする。
「ははははははははははッ」
「そんなに可笑しいですか」
「金が全てなんていう人間は昔は真先に否定されたが今は開き直って肯
定されているのですからナ。全く世も末ですゾ」
「金以上の価値が今の世にありますか。愛とか正義とか言ったら笑われ
ますよ」
「金、金と謂うほうが余程可笑しいですがナ。子供が玩具を欲しがるよ
うなもので、やがて飽きるのがわからんのですかナ」
「みんな金は欲しいに決まってます。先生だってそんなこと言いながら
お金欲しいでしょう」
「要りませんゾ。札束も紙切れにしか見えない。何であんなものが欲し
いのか皆目わかりませんナ」
「おいしいものを食べられますよ。いい車にも乗れますよ。海外旅行に
も行けますよ。海辺に別荘持ってクルージングしたり、パーティ開いて
ゴージャスな気分に浸れますよ。お金があれば大抵の夢は叶っちゃうの
です」
「私はね。温かいご飯に納豆と大根おろし、豆腐とねぎの入った味噌汁
があれば満足するんですナ。車はタクシーでいい。日本が好きですから
外国に行きたいとは思わない。船に乗ると酔う。パーティは疲れて肩が
凝るので御免なんですナ」
「それは先生、喰わず嫌いというものでね。旨いもの食べれば、もっと
食べたくなりますし、実際外国行けば、日本がコセコセして住みたくな
くなりますよ」
「私は英国に三年、仏国と米国にそれぞれ一年ずつ住みました。海外旅
行はいやと謂うほどしました。毎日毎日、和風懐石や仏料理を食べ続け
たこともありました。ベンツにも乗っていました。飽きました」
「へえー。本当ですか。…何者ですか、先生は」
「金に埋もれて、女に囲まれ、酒の風呂に入って、肉林を彷徨しても幸
せにはなれませんゾ。骨身に滲みてわかりましたゾ」
「説得力ありますね。何ですか、本当の幸せの元は？」
「ゼロですナ」
「は？」
「心をゼロにすれば本質が見える。金だ、土地だと言っているうちは何
も見えませんナ」
「先生は見えたのですか？その本質が」
「見えましたゾ」
「何ですか？ それは」
「ゼロ」
「そんな禅問答のようなこと言われても…。ゼロなんて何も無いという
ことでしょう。何も無くてそれが何で本質なんですかね」
「ゼロの中に全てがありますナ」
「どこかで聞いたことあるな。でもそんな雲を掴むようなこと言われて
も具体性がないですよ。どうすればいいんだか…」
「全てを捨てる。金も欲も、車も女も、家も、着物も、家族も、自分も
捨てる。これくらい楽なことはありませんナ」
「そりゃそうでしょう。でも素寒貧になったら生活に困ってしまう。そ
んなこと出来るわけがない。出家しろということですか」
「気持ちの上でです。全てを捨ててゼロになる。元々がゼロだったので
すからナ」
「自分まで捨てたら、主体が無くなってしまう」
「主体も捨てます。それでも残るものが本質でしょうナ。心が軽くなっ
て自由になりますゾ。本当の自分が見えてきますゾ」
「僕の問題も心をゼロにすれば解決するんですか。サチコもクミも捨て
ろということですか」「それはわからない。私がその二人の女人に面会
して判断しましょうかナ」
「え、連れてくるんですか」
「一人ずつ来させて下さい。少し話せば人間はわかりますからナ」
「来てくれるかな。何て言えばいいんだろう」
「是非君に会いたい人がいるって言えばいいでしょう」
「わかりました。じゃ、一人ずつここに来させましょう」
こうして小路雄馬は草苅青年に求婚している二人の女と面接すること
になった。
○ ○
まず、現れたのは久美子と名乗るフリーターだった。
「マー君がここへ来いって言ったの。私マジ怖かったんだけど、来まし
た。どうすればいいんですか」
「マー君というのは草苅君のことですか」
「うん。てゆーかあなたの名前は？」
「私は小路雄馬。別に用はありませんよ。草苅君からあなたのことを聞
いたので一度会いたいと思っただけです。かわいい娘ですね。あなた
は」
草苅青年からは想像もできない華やかさがあり、雄馬の部屋も空気が
一変する。
「コーヒーを貰えないんですか。マー君がおいしいコーヒーを飲まして
くれるって言ってました」
「ああ、いいですよ。あなたがあまりかわいいので忘れてました」
豆を取り出し、サイフォンをセットする。
「まるでお店と同じですね。おいしいはずです」
「カフェにはうるさい人ですか」
「てゆうか私、コーヒー飲みません。お酒は好きですが」
「じゃ、ワインでも出しましょうか」
「あ、いいの。コーヒーください」
かわいい茶碗を選んで、注ぐ。
「とてもいい匂い。なんかコーヒーにハマりそう」
「久美子さんは歳はいくつ」
「二十一」
「働いてますか」
「うん。コンビニでバイト」
「草苅君とはどこで？」
「マーくんはお客さんで、毎日同じ時刻に、おにぎりと牛乳を買いにく
るのね。そういうのって何か気になるじゃないですか。興味が湧いて私
から声かけました」
「草苅君はどうですか」
「マーくん？ マーくんは頼りないけど、優しいって感じ。マーくんは
私がめんどうを見て、一人前の官僚さんにしてあげる、みたいな」
この少女は胸が大きい。パイナップルを二つ抱えたような巨大な胸を
している。草苅は多分このかわいらしさとバストに幻惑されているのだ
ろうと雄馬は考える。
「結婚したいですか、草苅君と」
「モチ。ゼッタイ」
屈託がない。人生すべてが結婚に集約されている。その時突然どこか
らか奇怪なメロディーが聞こえてきたかと思うと久美子がバッグから携
帯を取り出し、開くとカチカチメールの返事を打ち出した。
「ごめんなさい。マーくん、ここへ来れたかどうか心配して。ＯＫ」
「結婚できるといいですナ」
といいながら、雄馬は考えた。この女から草苅が逃げきるのは相当困難
である。この女には真っ直ぐな意志がある。別の強力な男が現れないか
ぎり、曲がらない。
久美子は両手でカップを持ち、フーフーやってから少女らしく一口飲
んだ。
「苦いけどおいしい。コーヒーをおいしいと思ったのマジ初めて。なん
かヤバイって感じ」
「いくらでもお飲みなさいよ」
「てゆうか、あなたはマーくんのことよく知ってるんですか」
久美子が訊ねてきた。
「よくは知らないですゾ。少し知ってますナ」
「私はマーくんなしでは生きていけないじゃないですかァ。けど、マー
くんを信じていいんですか」
「信じなさい。信じる者は救われますゾ」
「マーくん、煮え切らないところがあって、マジ悩んでるんです」
引っ掛かりが掴めたと雄馬は思った。
「煮え切らない」
「そう。マーくんは私のことマジ愛してるのに結婚しようとは絶対に言
わないんですよォ」
「まだ若いですからナ」
「でも、本当に好きなら結婚したいはずじゃないですかァ。遊びなのか
なぁ」
その人生の荒波も知らない人工的なツルツルした顔に愁いの陰が少し
現れた。
「じゃ、今度確かめておいてあげましょう。好きな人とは結婚しないと
いけないと私からも言っておきましょう」
「ホント？ マジうれしい」
これ以上このような知性の反対側にあるような少女との面接に困難を
感じ始めていた雄馬は話を打ち切りにかかった。
「じゃ、今日はわざわざありがとう」
「え、これで終わりですか。もう帰るんですか。マジ？」
「ええ。帰っていいですゾ」
「ウソでしょ」
「ウソではありませんゾ。もういい」
久美子は急に立ち上がると膝に手をおいて前屈みになった。豊かな胸
の谷間が雄馬の目に飛び込んできた。
「感じないの。もっと見たくないですか」
「ちょっとお待ちなさい。なんか勘違いをしていますナ。私はそんなこ
とは少しも考えておりませんゾ」
「触ってもいいよ」
久美子は雄馬のソファの横に回ってきて身体を擦り寄せた。雄馬は反
対側に逃げた。
「私は君とお話を少ししてみたかっただけですゾ。何もする気はありま
せんゾ」
「え、そうなの。マジで」
「お金が欲しいのですか」
「うん。欲しい」
「わかりました。わざわざ来て貰ったのですから、お車代を差し上げま
しょう。これ取っておきなさい」
雄馬は五千円札をサイフから抜き出した。
「ありがとう、ね、また来ていいですか。何かここ落ち着くし、コーヒ
ー気に入っちゃった。また来ますね。バイバーイ」
雄馬は後で草苅に五千円請求しようかと思った。
○ ○
翌日訪れたのは二人目の女佐知子で、これもまた、周囲の空気を一変
させる美人だった。あの男のどこにこれだけの美女を惹き付ける魅力が
あるのか雄馬は解しかねた。
「失礼します。草苅に言われて参りました。吉田佐知子と申します」
「どうぞお掛けください。ま、お茶でも煎れましょう」
「カリスマでいらっしゃるんですね。草苅が申しておりました。底知れ
ない人間的魅力を持った人がいると絶賛しておりました」
「カリスマのはずがない。カリスマというよりニートですナ。何もして
いない。何も学んでもいない」
今朝仕入れたばかりの豆を挽く。
「ここに来て納得しました。外の世界とは全く空気が違います。幼い日
に田舎の祖父の家で過ごした日々のことを思い出しました。東京でこん
な気持ちになるなんて不思議です」
「吉田さんは一人暮らしですか」
自然水を冷蔵庫から取り出し、サイフォンをセットする。
「そうです。張り詰めた毎日を送っております。草苅といる時だけが心
の休まる時なのですが、彼も何を考えているのか最近わからないところ
があって」
「戦っているのですナ。目標は何です」
「ニュース・キャスターです」
「ほう」
「私、なれると思います？」
カップを温める。
「少なくともテレビ向きのお顔をしていらっしゃる。テレビ局も欲しが
るでしょう。しかし、あなた、そんな明確な目標があるなら、恋愛とか
結婚は御法度ですゾ」
煎れたてのコーヒーを皿の上の温めたカップに注ぐ。佐知子は軽く会
釈をして香りを吸い込むようにして目を閉じた。
「いえ、私決めているんです。結婚するなら草苅しかいません。私たち
は運命によって繋がっていますからどうしようもないんです。赤い糸で
繋がっていますから」
「どうしてそんなことが言えます」
「都会に出て、初めて親切にしてくれた人と結ばれることになると占い
で言われました。上京した頃都電に乗って降りようとした時に小銭がな
くて困っていたんです。その時、『よかったらこれどうぞ』と百円硬貨
を差し出してくれたのが草苅でした。その彼がまたバイト先の進学塾で
一緒になって、完全にこれはもう運命だと思いました。私たちは出会う
べくして出会った運命のベスト・カップルなのです」
「成程」
これもまた思い込みの激しい強力な意志力を持った女で、容易に草苅
は逃れることはできまいと雄馬は思った。
小指を立ててカップを持ち、「いただきます」と佐知子はコーヒーを
口にした。
「これは…」
「どうかしましたか」
「こんなおいしいコーヒーは飲んだことがありません。カルチャー・シ
ョックです」
草苅には勿体ないくらいいい女である。昨日の久美子と比べたら絶対
こちらの佐知子に軍配が上がるが、あの豊満なバストに幻惑されたら黒
白付けようがなくなるのも男として肯ける。「私は必ず人気キャスター
の地位と草苅とゴール・インするという二つの夢をゲットするつもりで
す。そして必ずできると思っています」
「成程。二つの夢ですか」
「でも、草苅が最近どうも、おかしくて」
「おかしい？ 何が」
「どうも女の匂いがするんです。私とは別に女と逢っているような気が
するんです」
女の勘は鋭い。それは的中している。
「先生は何か御存知ありませんか」
「さぁ、知りませんね。二股賭けられるような器用な男とは思いません
がね。二股賭けたら股が裂けてしまう男ですよ、彼は」
「ホホホホホッ。でも裂けそうなので、それで先生に相談しているんじ
ゃないですか。そうでしょう、きっと」
さすがにニュース・キャスター志望だけあって分析が鋭い。
「仮にそうだとしても貴女に勝てる相手なんてそういませんよ」
「それはそうでしょう。私は勝ちます。でも草苅は弱いところがあって
強く迫られると拒み切れなくてずるずる相手のペースに巻き込まれて、
抜けられなくなるようなところがあるんです。例えば、巨乳のかわいい
娘に迫られたらもうおしまいです」
「貴女もなかなかだと思いますがね」
「私は巨乳ではなく、美乳です」
それにしてもどうしてそこまでわかるのだ！と雄馬は叫びそうになっ
た。すべてわかっているのではないか、この女は。
「そんな時は私が草苅君を説得しましょう。彼は私の言うことは聞いて
くれますからね」
「お願い致します。くれぐれもお願い致します」
佐知子は既に冷めたと思われるカップのコーヒーの残りを丁寧に飲み
干した。そうして立ち上がって帰ろうとしたとき、ふいに揺れが来た。
東京では珍しくない。しかし、それがかなり長いものだった。佐知子は
雄馬にそうするしかないように抱きついて救いを求めた。雄馬は地震が
おさまるまでしばらく、よい香りのする玉のような美人を抱いて護るこ
とになった。
「もう大丈夫です。鎮まりましたゾ」
しかし、佐知子は雄馬から離れようとしなかった。
「先生。またお邪魔してよろしいですか。佐知子のことぎゅっと抱きし
めて頂けますか」
「いつでもいらっしゃい。でも、私はゼロですからな。木や石と同じで
すゾ。そのことをお忘れなく」
雄馬は佐知子の背を軽く二度叩いた。
この男、小路雄馬は年齢は三十六。親から譲り受けた不動産を複数も
っているため、家賃収入で生活が成り立ち、働いていない。特に何かを
目指すわけでもない。「ニート」と言ってもおかしくない。しかし、何
故か人が頻繁に彼の部屋を出入りし、やってきた女はこのように彼に惹
きつけられる。人の女も自分のものにすることができる。しかし、彼に
は一切の欲は無さそうだ。自ら「ゼロ」だと言っている。何も欲しがら
ないが世の中の人間が苦労して手に入れたがるものを労せずして手中に
収めることができる。全く希有な人柄だと言える。
（了）
文芸同人誌「風」 第８号 ２００６年７月 掲載
