らあめん男　１２
　





　　　　 　　　　　　大堀敏靖





　手羽先の屋台がお堀を渡ったところに出ていた。先
ほどは目につかなかったので、弦たちが本丸御殿を見
ているときにやってきたのだろう。軽トラで移動して
簡単に店開きができるようになっている。幟を立てて
いる。「風来僧」という旗が穏やかな風に翻っている。
「手羽先だけかと思ったらいろいろあるのわねぇ。ど
れがおいしいの。あなた地元だから説明しなさいよ」
「一般的にはこの『元祖手羽先唐揚げ』です。これが
一番人気があって売れ筋だと思います」　　　　　　
「この『元祖手羽元唐揚げ』ってどうちがうんですか」
　美和が質問する。　　　　　　　　　　　　　　　
　弦はあまり詳しく知らなかったが、名前から察しが
つく。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「それは名前の通り手羽元ですから、羽の根本部分で
それもおいしいらしいです」　　　　　　　　　　　
「手羽先と手羽元」　　　　　　　　　　　　　　　
「手羽中もあるよ」　　　　　　　　　　　　　　　
　販売しているおやじが言った。　　　　　　　　　
「手羽中。それぞれ部位によって違うんでしょうね。
よくわからないから売れ筋の手羽先であたしはいい」
　皆手羽先で一致して三本ずつ頼んだ。カリカリに焼
かれて特製のタレが塗り込まれ、塩コショウとゴマが
振りかけられた手羽先が白いプラスチック皿に三本ず
つ乗せられる。　　　　　　　　　　　　　　　　　
「ここは僕が払いましょう。僕はホストですから」　
「あっ、太っ腹。エライ！」　　　　　　　　　　　
　太っ腹なオカマに太っ腹と褒められる。　　　　　
「よかですよ。ワリカンでも」　　　　　　　　　　
　一本百円である。大した出費でもない。露店にしつ
らえられたテーブルに座る。　　　　　　　　　　　
「なんか飲み物買ってきましょか。なんがよかですか」
「あたしは生ビール」　　　　　　　　　　　　　　
「今藤さんは」　　　　　　　　　　　　　　　　　
「あ、ウーロン茶、いいですか」　　　　　　　　　
　美和は手羽先を置くと「風来僧」の屋台にまた戻っ
て行った。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「今日はなんか温かくていいわねぇ。風もないし」　
「そうですねぇ。博多の冬はけっこう荒れるんでしょ
うね」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「冬の玄界灘はね。だけどその気候が東京や大阪に負
けない根性をつくるんだよ。『天神軒』や『風来僧』
のおやじ、それに玄洋社の頭山満なんかも冬の厳しい
気候に育てられたんだね。きっと」　　　　　　　　
「気候風土と人格形成は関連あるんでしょうね」　　
「あるよ。でもこの名古屋ってはっきりしないね。な
んだかよくわからない」　　　　　　　　　　　　　
「それがコンプレックスになってますから今がんばっ
てるんです。この名古屋城、名古屋メシ、東京や大阪
を凌駕する文明を生み出そうと山村市長以下頑張って
るんです」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「せいぜいがんばってね」　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　きしめん、名古屋城本丸御殿、手羽先を堪能した三
人は、つぎに評判の名古屋科学館に向かった。　　　
「科学館なんてつまんないよ」　　　　　　　　　　
　とズンコは言った。　　　　　　　　　　　　　　
「兄ちゃん、世界一のプラネタリウムがあるたい。ギ
ネスにも登録されたもんば、一回見とかないけんよ」
「星空はロマンチックでいいけどね。科学とかは好か
んけん」「いやならば寝てればいいですから。リクラ
イニングで中は暗いし睡眠にはもってこいです」　　
「でも解説や音楽がはいるんでしょ。寝てられないわ
よ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「学芸員は静かにしゃべってくれますから大丈夫です。
カップルとかもかなり来てますから気分をぶち壊しに
するような野暮な解説の仕方はしません。ロマンチッ
クに語ってくれますから」　　　　　　　　　　　　
　ズンコは気が進まないようだったが、妹美和の名古
屋来訪ツアーの中にはこの科学館のプラネタリウムを
見ることはすでに組み込まれていたことで、強い意志
をもった女の計画には従わなければいけないようにな
っていた。個性の強い兄のオカマも妹の意志には勝て
ないようだった。　　　　　　　　　　　　　　　　
　地下鉄伏見駅で降りて半円の丸いドームを目指して
歩いていく。教師に引率された小学生たちも背中に一
様にリュックを背負って歩いていた。科学館で学校外
研修をするのだろう。　ズンコが小学生に話しかける。
「君たち何年生」　　　　　　　　　　　　　　　　
「四年生」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　側面を刈り込んで真ん中の毛だけを伸ばしている代
わったヘアスタイルの男の子が答える。　　　　　　
　周りの子たちが「化け物」とか「オカマ」とか囁き
合ってくすくす笑っている。　　　　　　　　　　　
「おばちゃんも科学館に行くの」　　　　　　　　　
「そうだよ。でもおばちゃんじゃないわね。おネエち
ゃんって言って」　　　　　　　　　　　　　　　　
「いえねーよ。ホントはおっさんでしょ」　　　　　
　周囲がげらげら笑いだす。　　　　　　　　　　　
「うるさいッ」　　　　　　　　　　　　　　　　　
「あ、怒った。オカマが怒った」　　　　　　　　　
「逃げろ。逃げろ」　　　　　　　　　　　　　　　
「キモーい」　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「ムカつく、クソガキたち」　　　　　　　　　　　
「兄ちゃん。本気で相手にしちゃいけん。小学生はあ
んなもんたい」　　　　　　　　　　　　　　　　　
「キモいとか言ってた女の子たちが一番ムカつく。女
はあれだからダメなのよ。自分のことを棚に上げて人
のことばかり悪く言ってるから女には進歩ってもんが
ないのよ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「キモいのは確かかもとしれんと。図体のでっかい元
男が女の恰好して化粧してるんやもん、フツーの感覚
からしたら気持ち悪か、絶対」　　　　　　　　　　
「美和もそう思うのか」　　　　　　　　　　　　　
「ウチには血のつながった兄ちゃんやから。お兄ちゃ
んのことよく知ってるし。でもなんも知らん人にとっ
ては化け物に見えても仕方んなか。ぱっと見は確かに
化け物や」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「今藤、お前もそう思うのか」　　　　　　　　　　
「僕ですか。そんなことはありません。化け物なんて
めっそうもない」　　　　　　　　　　　　　　　　
「心の中では化け物と思ってるのか。だから二回も突
き飛ばしたのか」　　　　　　　　　　　　　　　　
「いえ、はっきり言って僕はオカマが好きではありま
せんでしたが、ズンコさんと話ができてイメージが変
わってきました。偏見が取れてきたと思います」　　
「おお、そうだろ。うれしいことを言ってくれるじゃ
ないか、今藤。口先だけのリップ・サーヴィスじゃな
いだろうね」　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　科学館の入り口から入ってチケット売り場がある。
行列ができている。先ほどの小学生たちがいてこちら
を見てニヤニヤ笑っている。　　　　　　　　　　　
「あいつらと一緒に科学館の中を見て回るのか。胸ク
ソ悪い。あたし、引率の先生に一言いってくるよ」　
　ズンコはその名の通りずんずん進んでいって人数を
チェックしている引率の女性教師の肩をつついた。　
「ちょっといい」　　　　　　　　　　　　　　　　
　女性教師が振り向くと、驚愕して恐怖するリアクシ
ョンがあった。　　　　　　　　　　　　　　　　　
　小学生たちがまた笑っている。　　　　　　　　　
「あのさ、オタクのこのくそガキの生徒さんたち、あ
たしに対してかなり失礼な態度をさっき取ったんだけ
ど、一緒に科学館の中を見て回るのはお互いに胸クソ
悪いだけだから、反対の方に行ってくれるかしら」　
「反対の方…」　　　　　　　　　　　　　　　　　
　女性教師は状況がよく呑み込めず、目を丸くしたま
まである。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「見学コースの順番どおり行ってくれる。あたしたち
逆を行くから」　　　　　　　　　　　　　　　　　
「生徒たちはプラネタリウムを見た後は自由行動にな
っています…」　　　　　　　　　　　　　　　　　
「自由行動はやめて」　　　　　　　　　　　　　　
　生徒たちは「オカマと一緒かぁ」とか「キモすぎ」
などと口々に言っている。　　　　　　　　　　　　
「ほら、あれよ。聞いたでしょ。あたしのことあんな
風に言ってるんだよ。お宅のくそガキさんたちは。ど
ーいう教育してるわけ」　　　　　　　　　　　　　
「すみません。注意しておきます」　　　　　　　　
　すると女教師はくるりと生徒の方に向き直ったと思
うと、　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「ちょっといいッ、言いたいことがあるから全員そこ
に正座ッ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　フロントホール一帯に響く大音声だったため、他の
客、係のスタッフも含めてしーんと静まり返ってしま
った。生徒たちは全員床に正座した。　　　　　　　
「だれですか。この人のことをオカマとかキモいとか
言った子は、立ちなさいッ」　　　　　　　　　　　
　すると先ほどの側面を刈り上げにした特殊なヘアス
タイル少年と二、三人の少女たちが立ち上がった。　
　女教師は躊躇せずに進んでいくとその少年少女たち
の横面を張り飛ばした。そのパンパンという小気味よ
い音も一階ホールに響き渡った。　　　　　　　　　
　一番驚いたのはズンコだった。　　　　　　　　　
「ええッ、何もそこまで…」　　　　　　　　　　　
　巨体のまま立ち尽くして呆然としている。　　　　
弦も絶句している。　　　　　　　　　　　　　　　
「体罰も名古屋はありってことですねぇ。あのくらい
やらないと本当の教育はできんと」　　　　　　　　
　美和は感心している。　　　　　　　　　　　　　
　女教師はズンコのところに戻ってきて言った。　　
「しっかり注意しておきました。もう二度と失礼なこ
とは言わないと思います。もし言ったら今度は半殺し
にしますから。本当に申し訳ありませんでした」　　
　女教師に促されて横面を張り飛ばされた悪ガキたち
はズンコのところに謝りに来た。　　　　　　　　　
「さっきは本当にごめんなさい。許してくださいッ」
「いいのよ。あたしはこんなことしょっちゅうだから。
でも世の中にはいろんな人がいるからね。これからの
時代ますますいろんな人が増えてそれこそキモい人や
オカマやオナベと出くわすことになるから、そういう
人たちも一応人間として一生懸命生きているってこと
をわかってね。わかってくれればいいのよ」　　　　
「すいませんでしたッ」　　　　　　　　　　　　　
　ズンコと子供たちは女教師の指示で一人ずつと握手
をしていた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　ズンコは女教師に向かって、　　　　　　　　　　
「あなたエライわね。どこの小学校。今どきの先生は
生徒たちに舐められっぱなしだとおもってたんだけど、
ビンタを張り飛ばすようなたくましい教師がいるとは
驚きました。体罰だといって保護者からいわれないの。
モンスター・ペアレントとかいるんでしょ」　　　　
「いえ、うちの保護者はビシビシやってください、体
罰もかまいませんという誓約をとって入学してもらっ
てますから、まったくその心配はないのです」　　　
「へー、驚き。スパルタ式の教育ね。そういえばひと
昔前に芦塚ヨットスクールっていうのが話題に上って
校長が逮捕されたりしてたわよね」　　　　　　　　
　すると女教師は　　　　　　　　　　　　　　　　
「あれは私の父です」　　　　　　　　　　　　　　
　とさらりと言った。　　　　　　　　　　　　　　
「エッ、芦塚隆司さんの娘さんッ」　　　　　　　　
「父の教育方針をほぼ踏襲して私たちは小学校を運営
しています。今の物質に恵まれすぎた環境ではヤワな
子しか育たない、厳しい教育の緊張感の中でこそ立派
な人材は育つという教育方針でやってます」　　　　
「まったくその通りだと思いますよ。ふやけた環境の
中で一本シンの通った立派な人格など育つはずはない
からね。悪いことをしたときは思い切り叱って顔面を
殴りつけたり、尻を蹴飛ばすくらいしてでもわからせ
る必要があると思いますよ。どこにあるなんて名前の
小学校かしら」　　　　　　　　　　　　　　　　　
「本山にある本山第一小学校です」　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　

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月刊ＷＥＢ風　２０１９年３月号　通巻第１２０号
　 ［原稿用紙１３枚］